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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)427号 判決 1982年8月31日

原告

横山産興株式会社

被告

株式会社児玉兄弟商会

主文

1  被告株式会社小谷製缶工業は、別紙イ号図面の説明書記載の蚊遺線香燻し器を製告販売してはならない。

2  被告株式会社児玉兄弟商会は、前項記載の蚊遺線香燻し器を販売してはならない。

3  被告らは原告に対し、各自金596万8035円及び内金100万円に対する昭和55年1月30日から、内金496万8035円に対する同年10月25日から各完済まで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの連帯負担とする。

6  この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

1 主文第1、第2項と同旨。

2  被告らは原告に対し、各自、金9,700万円及びこれに対する昭和55年1月30日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4  2につき仮執行の宣言。

2 被告ら

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行免脱の宣言。

第2原告の請求原因

1  1原告は、左記実用新案権(以下これを「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)を訴外横山佳正と共有している。

名称 蚊遺線香燻し器

出願 昭和47年10月6日(実願昭47―117524)

公告 昭和54年2月22日(実公昭54―3903)

登録 昭和55年2月29日(第1316010号)

登録請求の範囲

「皿形器体Aの上部開放口と、蓋体Bの下部開放口とに、それぞれ、ガラス繊維糸によって粗目に織成して成るネット1、1を張設し、その張設ネット1と1との間に、蚊遺線香体Dを挾持するに適する空隙3を保持するようにして、この器体Aと蓋体Bとを分離可能に嵌合したことを特徴とする蚊遺線香燻し器。」

2  本件考案は、考案者の訴外横山佳正が実用新案登録出願をしたものであるが、原告は、昭和54年1月10日横山佳正との合意により、本件考案の登録を受ける権利について持分権を取得し、実用新案法9条2項が準用する特許法34条4項の規定に基づき、同年3月23日特許庁長官に対してその旨の届出をし、本件考案につき仮保護の権利を共有し(以下本件仮保護の権利という)、次いで前記登録に伴い本件実用新案権を共有するに至った(以下右各権利をあわせて本件権利という)。

2  本件考案の構成要件及びその作用効果は次のとおりである。

1 構成要件

(1)  皿形器体Aと蓋体Bの二部分が存在すること。

(2)  皿形器体Aの上部開放口と蓋体Bの下部開放口とに、それぞれネット1、1が張設されていること。

(3)  各ネット1、1は、ガラス繊維で作られた糸によって、粗目に織成されたものであること。

(4)  器体Aに張設されたネット1と、萎体Bに張設されたネット1との間には、器体Aに蓋体Bを嵌合したときに、蚊遺線香体Dを挾持するに適する空隙3が設られていること。

(5)  器体Aと蓋体Bとは、分離可能(自在)に嵌合(互いのネット1とネット1とを対向させての嵌合)されていること。

2 作用効果

(1)  蚊遺線香体Dの燻焼を、互いに嵌合された器体Aと蓋体Bの双方のネット1と1との間で線香体を挾持した状態で行う、という使用法上の特徴があるので、器を水平に置く場合のみならず、吊り下げた状態でも使用することができる。

(2)  器の使用時における線香体の挾持は、ネット1とネット1とによる弾性的な挾持となり、挾持部に融通性があるために、線香体を折損したり壊したりするようなことがないのみならず、挾持面の圧力が平均化するので、線香の太さにばらつきがあっても、それを吸収して線香体のずり動きを防止する。

(3)  燻焼線香体に両面から直接接触するものが、奪熱作用のないガラス繊維糸であるため、線香の立消えを招くことがない。

(4)  線香の燻焼時に出るタール分は、線香が接触しているネットのガラス繊維中に一度は滲入するが燻焼熱によって終局的には蒸発して、糸条に粘着体となって残留することがなく、ネットは常にさらりとしていていて常に清潔に保持される。

(5)  右(3)、(4)の結果、タール分と残灰の粘着によってネットの目が塞がれて、線香の燻焼効果を阻害するような欠点がなく、使用後の器の掃除が極めて容易に行る。

3  被告株式会社小谷製缶工業(以下「被告小谷製缶」という)は、昭和51年3月以来、別紙イ号図面の説明書記載(但し、同説明(1)1の「上部周縁よりやや内方側」、『下部周縁よりやや内方側」とあるのを、それぞれ「上面開放口」、「下面開放口」と訂正し、同6の吊手を省略するほか、イ号図面の説明記載のものが原告主張の被告製品である)の蚊遺線香燻し器(以下「イ号物件」という)を業として製造販売し、被告株式会社児玉兄弟商会(以下「被告児玉商会」という)は、これを業として販売している。

4  イ号物件の構成及び作用効果を本件考案のそれらと対比すると、イ号物件の別紙イ号図面の説明書(但し一部相違することは前記のとおり)記載の構造は本件考案の構成要件と同一であり、その作用効果も本件考案のそれと同様であるから、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属する。

5  そうすると、被告小谷製缶が業としてイ号物件を製造販売し、被告児玉商会が業としてイ号物件を販売することは、原告の本件権利を侵害するものである。

6  1 被告小谷製缶、同児玉商会は、いずれもイ号物件を業として製造販売し又は販売することが、原告の本件権利を侵害する違法な行為であることを知りながら、敢えてこれを行ったものであり、しかも、右被告両名は、被告小谷製缶が被告児玉商会の系列会社として同被告の注文によりイ号物件を製造し、被告児玉商会がこれを買受けて他に販売しているという密接な間柄にあるから、共同不法行為者として連帯して、原告に対し、これによって原告が蒙った後記の損害を賠償する責任がある。

2 被告児玉宗一は、被告児玉商会の代表取締役として、右のとおり同被告がイ号物件を業として販売することが本件権利の侵害となることを知りながら、同被告の右販売業務を遂行していたのであるから、商法266条の3第1項の規定に基づき、被告児玉商会と連帯して原告に対し、右侵害行為により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

7  1 前記本件保護の権利の共有持分権取得の届出がなされた翌月である昭和54年4月1日から同12月末日までの間に、原告が販売した本件考案の実施品の販売総数量は100万個であり、その販売単価、生産原価、一個当りの利益は次のとおりである。

卸売単価 167円

生産原価(一個当り) 70円

差引粗利益(〃) 97円

2 右期間中、被告小谷製缶が製造し、被告児玉商会が販売したイ号物件の数量は100万個である。

3 そうすると、原告は、被告らの右侵害行為によって、9,700万円の損害を受けたことになる。

8  よって、原告は、被告小谷製缶、同児玉商会に対してイ号物件の製造販売又は販売の差し止め、被告らに対して各自損害金9,700万円及びこれに対する本訴状が被告らに送達された日の翌日である昭和55年1月30日から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

第3請求原因に対する認否。

1  請求原因一の事実は認める。

2  同2の事実及び主張は争う。

3  同3のうち、被告小谷製缶が昭和51年3月以来蚊遺線香燻し器を製造販売し、被告児玉商会がこれを販売していることは認め、原告の主張する別紙イ号図面の説明書に対する認否は次のとおりである。

原告は、イ号物件のネット張設位置を、器体Aの上面開放口と蓋体Bの下面開放口である、としているが、器体Aの上部周縁より少しうちら(内方)側と蓋体Bの下部周縁より少しうちら(内方)側である、とすべきであり、イ号物件には、ネット1、1間に形成される空隙3は存在しないので、同部分を削除すべきである。吊手6を付加すべきである。右のほかは認める。

4  同4の事実及び主張は争う。

5  同5は争う。

6  同61のうち、被告小谷製缶が被告児玉商会の注文によりイ号物件(但し、前3のとおり訂正付加されるべきである)を製造し、被告児玉商会がこれを買い受けて他に販売していることを認め、その余の事実は否認する。

同62のうち、被告児玉宗一が被告児玉商会の代表取締役であることは認め、その余の事実は否認する。

7  同7の事実は否認する。

8  同8は争う。

第4被告らの主張

1  本件考案は実施不可能であり、本件実用新案権は当然無効である。

1 特許庁は、本件考案の出願につき、昭和50年7月2日出願人横山佳正に対し、実用新案法3条2項に該当するものとして拒絶理由の通知をし、次いで同年12月11日同様の理由で拒絶査定をした。

右出願人は、昭和51年3月8日、拒絶査定不服審判の請求をするとともに手続補正書をもって明細書及び図面を全部訂正した。ことに、本件考案の登録請求の範囲は、次のとおり甲から乙に訂正された。

甲  器体1の上縁開口に多孔2性の蓋体3を着脱自在ならしめ冠着すると共に、この器体1の上縁開口部と該蓋体3の下縁開口部分に蚊取線香Aを挾着するガラスネットの如き不燃性のマット4を張設して成る蚊取線香の燻蒸器。(以下甲請求の範囲という。)

乙  皿形器体(A)の上部開放口と、蓋体(B)の下部開放口とに、それぞれ、ガラス繊維糸によって粗目に織成して成るネット(1)、(1)を張設し、その張設ネット(1)と(1)との間に、蚊遺線香体(D)を挾持するに適する空隙(3)を保持するようにして、この器体(A)と蓋体(B)とを分離可能に嵌合したことを特徴とする蚊遣線香燻し器。(以下乙請求の範囲という。)

2  本件考案は、右のとおり、甲請求の範囲における「開口部」・「開口部分」なる表現を、乙請求の範囲では「開放口」と訂正されているが、その補正の経過からすれば、右「開放口」とは、皿形器体と蓋体の各縁の先端を表示していると解すべきである。右のような開放口にネットを張設した皿形器体及び蓋体を嵌合すること、蚊取線香を挾持しうる空隙を保持して嵌合することは、技術的に実施不可能である。したがって、本件実用新案権は当然無効である。

2  原告主張の構成要件(1)、(3)、(5)は、出願前の次の公知技術(1)ないし(4)に含まれておりまた同(2)、(4)のガラスネット間で線香を挾持することは右公知技術から極めて容易に推考できるものであるから、本件実用新案権は無効である。本件考案が右公知技術から推考容易なものであることは、前記拒絶理由通知、拒絶査定にも明記されている。

(1)  実公昭42―14478実用新案公報(昭和42年8月17日公告、乙第3号証)

右公報には、上下に断熱材を挾んで蚊取線香を安定させる技術が示されている。

(2)  実公昭44―20861実用新案公報(昭和44年9月5日公告、乙第4号証)

右公報には、硝子繊維を用いた線香置台が示されている。

(3)  実開昭47―2364公開実用新案公報(昭和47年8月25日公開、乙第12号証の5)

右公報には、不燃性ネットとしてガラス繊維糸のネット又はこれを粗目に織成したネットを使用し、しかもこのガラス繊維のネットの柔軟性を補強するため樹脂膜で被覆する技術が示されている。

実公昭52―7407実用新案公報(昭和52年2月16日公告、乙第12号証の7)

右公報には、不燃性ネット、ガラス繊維のネットを粗目にすること及びそのネットを樹脂などで補強する技術が示されている。

実公昭50―4195実用新案公報(昭和50年2月4日公告、乙第12号証の8)

右公報には、「耐熱性樹脂加工しない場合金属製網のみでは線香の燻焼部の熱が奪われるため立消えし、又グラス繊維製網だけでは網の強度がないため一定の形状を保つことが出来ず、成型しがたい」とし、望ましいネットの目の開きの寸法まで説明提案されている。

実開昭47―18652公開実用新案公報(昭和47年11月1日公開、乙第12号証の9)

右公報には、両器体を嵌合した燃焼器に耐熱樹脂加工したガラスネットを使用したものが示されている。

(4)  次に、蚊取線香をネットとネットで挾持するとの構成についてであるが、携帯用の燃焼器では蚊取線香が動かないように挾持しなければならないことは当然で、その挾持の方法として、螺旋状の針金で挾持するとか(乙第12号証の11)、あるいは鋸歯状の金具で挾むとか(乙第3号証、第12号証の4)、上下二枚のガラスマットで挾持するとか(乙第12号証の18)して、線香を挾んで保持する考案は従前より実施されていた。

3  出願人横山佳正が昭和51年3月8日手続補正書をもってなした補正は、要旨変更に当るので、本件考案は右の日に出願されたものとみなされる。

本件考案は、出願時の登録請求の範囲において、「蚊取線香Aを挾着するガラスネットの如き不燃性のマット4を張設して成る」との構成を採ることにより、線香による火災防止を主たる目的としたものであるが、前記手続補正書によって、不燃性のマットを「ガラス繊維糸によって粗目に織成して成るネット」に変えて構造転換し、更に新たにネット間に線香を挾持するための「空隙」を設けることにより、主たる目的を線香のたち消え防止に変更したものである。

右の登録請求の範囲の補正は要旨の変更に当るから、実用新案法9条1項により準用される特許法40条により、本件考案は、昭和51年3月8日に出願されたことになるところ、右の日以前には前記2(1)ないし(4)の公知技術のほか、次の、両ネットで蚊取線香を挾持することに関する公知技術が存し、本件考案は、これら公知技術の寄せ集めに過ぎないから、無効である。

(1)  実開昭52―117156(昭和52年9月6日公開、乙第7号証)

右公報には、蓋皿と受皿にガラス繊維ネットを張り、両皿すなわち両ネットが崗合する構造が示されている。両ネットで蚊取線香を挾持するという文言は使用してないが、この燃焼器が吊下げ携帯用であることから、蓋皿と受皿の嵌合によって両方のガラス繊維ネットで蚊取線香を挾持する構造であることが明らかである。

(2)  実開昭53―47公開実用新案公報(昭和53年1月5日公開、乙第8号証)

右公報には、ガラス繊維糸によって粗目に織成した両ネットで蚊取線香を挾持する技術が示されている。

(3)  実公昭49―32770(昭和49年9月4日公告、乙第9号証)

右公報には、受皿と蓋皿に設けた両方の極細の支持線で蚊取線香を挾持する技術が示されている。

(4)  実開昭52―67453(昭和52年5月19日公開、乙第10号証)

右公報には、両方の網体で蚊取線香が挾着される技術が示されている。

4  イ号物件の構成と作用効果

1 イ号物件は次の構成を備えている。

(1)' 皿形器体蓋体が存在すること。

(2)' 皿形器体の上部周縁より4ミリメートルうちら(内方)側と、蓋体の下部周縁より三ミリメートルうちら(内方)側とにそれぞれネットが張設されていること。

(3)' 各ネットは、ガラス繊維で作られた糸によって粗目に織成されたものであること。

(4)' 皿形器体に張設されたネットと蓋体に張設されたネットとは、皿形器体に蓋体を嵌合したときに接合すること。

(5)' 皿形器体と蓋体とは分離可能に嵌合されていること。

2 作用効果

イ号物件は、両ネットが皿形器体と蓋体の縁より少し内側に張設され、かつ両ネットが互いに接合している状態になっているので、次のような秀れた作用効果を有する。

(1)  皿形器体と蓋体とは、両ネットを対面するようにして嵌合することが可能であること。

(2)  両ネットが互いに接合しているので、蚊取線香の挾持がより確実に行われ、燃焼器の振動(とくに吊下げて使用しているときの振動)によって蚊取線香がずり落ちたり立消えするのを防止すること。

(3)  そのために蚊取線香の燃えかす(灰)が殆んど燃えた原形のまま保たれているので、灰の掃除が一層容易であること。

5  本件考案の構成要件とイ号物件の構成との対比及び両者の主たる目的・作用効果上の相違

1 イ号物件の構成(2)'、(4)'は、それぞれ本件考案の構成要件(2)、(4)を充足しない。すなわち、

イ号物件は、本件考案のように両ネットが皿形器体と蓋体の各開放口に張設されておらず、皿形器体のネットは上部周縁より4ミリメートル内方側(下方)に、蓋体のネットはその下部周縁より3ミリメートル内方側(上方)にそれぞれ張設されている。そして、この4ミリメートルと3ミリメートルの間隔の存在が両器体の嵌合分離を可能とし、両器体の嵌合掛止装置の設置を可能ならしめている。しかも、この張設された両ネットは、皿形器体と蓋体を嵌合したときに、本件考案のように空隙を保持することなく、互いに接合する構造となっている。この状態を詳説すると、皿形器体と蓋体が嵌合したときに、皿形器体の前記4ミリメートルの部分は、嵌合によって蓋体が皿形器体の嵌合縁の中に没入するので、結局蓋体の3ミリメートルのみが残る計算となる。この3ミリメートルのためネットの円周に沿う部分では両ネットは離れているけれども、特殊な裁断技術によって、ネットを張設するときにその中央部分が膨らむように裁断することにより、両ネットは互いに接合し空隙は存しない。

2 本件考案は、「蚊遣線香体Dを挾持するに適する空隙3」を設けることによって線香を緩やかに挾持していることから、線香がずれ易く、したがって、線香のたち消えの防止を主たる目的とする置式燃焼器に関するものである。

これに対しイ号物件は、ネットとネットをその中央部において接合することにより線香を強く挾持していることから、線香がずれにくく、したがって、携帯用における線香の動揺の防止を主たる目的とする、吊下げ(携帯)式燃焼器に主眼を置いたものである。

3 本件考案が置式燃焼器に関するものであることは、願書に添付した明細書に吊金具の表示がなく、吊下げ式あるいは携帯を前提とする文言が見当らないこと、更に、燃焼器を携帯している間に蚊取線香がずれ動くという本件考案の欠点を除くため、本件考案の出願人横山佳正自らが昭和51年6月19日、いずれか一方のネットに挾圧補助片を添設した吊下げ式蚊遣線香燻し器に関する実用新案(乙第8号証)の出願をしていることから明らかである。

右のとおりであるから、イ号物件考案の技術的範囲に属しない。

6  被告らの権利の実施

被告小谷製缶、同児玉商会は、被告小谷製缶が出願し、右被告両名が共有している登録第1304414号実用新案権(考案の名称、蚊取線香燃焼器附容器、実公昭54―2232実用新案公報、乙第12号証の32参照)に基づいて、イ号物件の製造販売を行っているのであるから、原告の本件実用新案権を侵害するものではない。

第5原告の反論

1  被告らの主張一について

被告らの主張1に記載の不服審判請求に対し、特許庁は、昭和54年12月14日、「原査定を取り消す。本願の考案は実用新案登録をすべきものとする。」との審決をなした。

そもそも、「開放口」は「開放口縁」ではない。のみならず、本件考案の明細書の実施例を示す図面、特に蓋体B図面をみると、ネット1の張設箇所が開放口縁ではなく、口縁よりは内奥に引込んでいること、同時に、器体Aと蓋体Bの嵌合時において、器体Aに張設ネット1と蓋体Bに張設のネット1との間に、蚊遣線香体Dを挾持する空隙3があることが明らかである。

2  被告らの主張1、2について

1 いったん登録によって発生した実用新案権は、特許庁においてその登録の無効を宣言しない限りは、法定の期間有効に存続すべきものであるから、侵害訴訟裁判所においてその効力の有無を判断することは許されない。

2 被告らの主張2については、被告小谷製缶が申立てた本件実用新案登録異議申立事件の決定において、特許庁が「本件登録異議の申立は理由がないものとする。」との結論を導くに至った理由に照しても失当であることが明らかである。また、被告らがその主張2で引用している公知技術中には、単独で本件考案の全構成要件を備えたものはない。

3  被告らの主張3について

出願人横山佳正が昭和51年3月8日付手続補正書によりなした登録請求の範囲の追加、変更は、実用新案法9条1項、特許法41条の許容範囲内のものであるから、要旨変更に当らず、したがって、本件考案の出願日は、最初の願書提出日の昭和47年10月6日である。

(1)  「蚊遣線香体Dを挾持するに適する空隙3」は、最初の願書に添付した明細書(乙第11号証の1ないし4)の図面第2図に明示されている。

(2)  「ガラス繊維糸によって粗目に織成して成るネット1、1」については、右明細書の図面第1、第2図並びに明細書の第1頁8行目、第2頁3行目にそれぞれ「ガラスネットの如き不燃性のネット4」と、同旨の記載がある。

(3)  ネット1、1の張設部位が、「皿形器体Aの上部開放口と、蓋体Bの下部開放口」であることについても、右明細書の図面に明示されている。

4  被告らの主張4について

被告らの主張によっても、ネットとネットとの間にはなお3ミリメートルの間隔が存在しており、ただ、ネットの張設技術が拙劣な場合に、張面の一部がたるんで、その部分だけ局部的に互いに接触することがある、というにすぎない。

したがって、このような構成が、本件実用新案における「蚊遣線香体Dを挾持するに適する空隙3」に該当することは論をまたない。

5  被告らの主張5について

本件考案については、明細書の登録請求の範囲にはもちろん、考案の詳細な説明、図面にも、この燻し器は置き式燻し器であるとか、吊下げ式の使用は目的外であるとかの記載はない。したがって、本件考案の構成要件を具備するものである限り、置き式、吊下げ社のいかんを問わず、本件考案の技術的範囲に属する。

6  被告らの主張6について

被告ら主張の実用新案権の出願(登録第1304414号)は、その出願日が昭和50年11月13日であって本件実用新案権の出願(昭和47年10月6日)の後願に当り、しかも、先願である本件考案の技術思想全部をそっくりそのまま構成の一部に採り入れた利用考案に当るから、原告の実施許諾がない限り、被告らの右実用新案権による実施が本件実用新案権を侵害することに変わりはない。

第6証拠

1  原告

1 甲第1号証、第2号証の1、2、第3ないし第6号証、第7号証の1、2、第8ないし第10号証、第11ないし第13号証の各1ないし4、第14ないし第17号証の各1、2、第18ないし第20号証、検甲第1号証(原告の実施品)、同第2号証(イ号物件)

2  原告代表者本人

3  乙第12号証の21のうち官公署作成部分の成立は認め、その余の成立は不知、乙第17ないし第20号証、第21号証の1、2の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める(乙第5、第6号証については原本の存在も認める)。検乙号各証が被告ら主張の製品であることは認める。

2  被告ら

1 乙第1ないし第10号証、第11号証の1ないし21、第12号証の1ないし35、第13号証、第14号証の1ないし61、第15号証の1ないし9、第16号証の1、2、第17ないし第20号証、第21号証の1、2、険乙第1号証の1(被告児玉商会の携帯防虫器)、同号証の2(同包装箱)、同第2号証の1(同携帯防虫器「夢殿」)、同第2号証の2(同包装紙)、同第3号証の1(同携帯防虫器「ブラリー」)、同号証の2(同包装箱)、同第4号証(訴外大正製薬の携帯防虫器)。

2 被告児玉商会代表者兼被告児玉宗一本人(以下被告児玉宗一本人という)

3  甲第5号証、第9号証、第11、第12号証の各4、第13ないし第17号証の各2、第13号証の4、第19号証の成立は不知、甲第11、第12号証の各1ないし3、第13ないし第17号証の各1、第13号証の3のうち官公署作成部分の成立は認め、その余の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。

検甲号各証が原告主張の物件であることは認める。

理由

1  請求原因1の事実(本件仮保護の権利、実用新案権の存在と原告がその権利者であること)については当事者間に争いがない。

2  1 被告らは、本件権利が実施不能のものであり、あるいは公知技術から極めて容易に推考できるものであるから無効である、と主張する。

しかし、実用新案権の設定、無効等の処分は特許庁の専権に属し、いったん特許庁がその専権に基づきある考案に新規性、進歩性等の登録要件を認めて実用新案権設定の登録をした以上、それが実用新案法所定の無効審判手続(及びこれに続く行政訴訟)で無効にすべき旨の審決がなされその審決が確定しない限り、侵害訴訟裁判所においてこれを無効と判断し、無効を前提として訴を断することは許されないというべきである。

そして、本件考案が登録されたものであることは前判示のとおりであり、本件実用新案権について無効の審決がなされこれが確定したことの主張立証のない本件において、被告らの右主張を採用できないことは明らかである。

2 のみならず、本件考案が実施不能のものであるとの点については、成立に争いのない甲第1号証(本件考案の公報、以下「本件公報」という)によると、本件考案における皿形器体、蓋体の各「開放口」の部位については、登録請求の範囲の記載のみでは明らかでないので、考案の詳細な説明及び図面を参酌して、考案の解決課題との関連において合理的に解釈すべきところ、皿形器体と蓋体とを分離可能に嵌合することが本件考案の構成要件となっていることは前判示のとおりであること、考案の詳細な説明には、「器体Aと蓋体Bとが嵌合状態にあるときに両者の張設ネット1と1との間に形成される空隙」(本件公報2欄9・10行目)と記載されていること、図面とくに第2図によると、器体と蓋体にネットを張設した状態で両者が嵌合されたものが示され、しかも、ネットは器体の縁より僅かに内方部分と蓋体の縁からかなり内方部分にそれぞれ張設されており、器体と蓋体とが嵌合状態にあるときに両者の張設ネット間に形成される、蚊遣線香体を挾持するに適する空隙が示されていること、本件考案の明細書には「開放口」が器体、覇体のそれぞれの縁の先端であることを示唆する記載がないことからすると、「開放口」を、被告ら主張するように解すべき合理的理由はない。

3  また、被告らが指摘する公知技術については、その挙示する証拠を検討すると、本件考案の構成要件個々についてみれば、それらが本件考案の出願前公知であったことを証するものでありうるとしても、登録請求の範囲に記載された本件考案の技術思想全部がそのまま公知であったことを証するものではない。そして、本件考案の明細書(甲第1号証参照)によると、本件考案の技術的骨子は蚊遣線香体を把持する仕方にあって、その具体的手段としてガラス繊維糸を粗目に織成してなるネット間に挾持するのであり、その挾持は弾性的挾持であると認められるところ、被告らの挙示する証拠は、挾持手段として弾性的挾持を示すものでないか、弾性的挾持の手段を採用しているものにあっても、本件考案と近縁関係にない技術分野に属するものである(成立に争いのない乙第12号証の34、35)かである。被告らの主張を、いわゆる全部公知による限定解釈を求めるものであると解するとしても、本件考案が出願時全部公知であったことが認められないこと右のとおりである。

4  被告らの要旨変更の主張について考える。

いずれも成立に争いのない甲第3号証、乙第6号証、第11号証の1ないし4、同号証の11、同号証の13ないし18(第6号証と第11号証の13は同一のもの)に前記争いのない請求原因1の事実によると、昭和47年10月6日出願の本件考案について、特許庁は、昭和50年12月11日実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとして、拒絶査定をしたこと、出願人横山佳正は、昭和51年3月8日、右査定を不服として審判を請求するとともに、同日付手続補正書をもって、登録請求の範囲を被告ら主張11記載のとおり甲から乙に訂正したこと、特許庁は、昭和54年12月14日右査定を取消し、本件考案は実用新案登録をすべきものとする旨の審決をし、本件考案は、昭和55年2月29日登録請求の範囲を乙として登録されたことが認められる。

ところで、本件考案の出願日が手続補正書提出の昭和51年3月8日に繰り下るとし、本件考案と対比すべきものとして被告らの提出する公知資料をみるに、いずれも成立に争いのない乙第7ないし第10号証によると、実開昭52―117156公開実用新案公報記載の考案は昭和52年9月6日公開、実開昭53―47公開実用新案公報記載の考案は昭和53年1月5日公開、実公昭49―32770実用新案公報記載の考案は昭和49年9月4日公告、実開昭52―67453公開実用新案公報記載の考案は昭和52年5月19日公開である。右のうち実公昭49―32770の分を除くその余のものは、本件考案の出願日を右補正の日に繰り下げるとしても、公知資料たり得ないものであり、実公昭49―32770の考案にしても、同考案の公報(乙第9号証)の記載によると、互いに開閉自在に枢着した受皿1と蓋皿2のそれぞれ上面に極細の支持線4、5を互いに直交する方向に張架し、支持線4、5によって線香を挾圧し確実に保持することを要点とする蚊取線香燃焼器に関する考案であって、本件考案の構成要件のすべてを充足するものでないことが認められる。

右のとおり、本件考案の出願日を繰り下げたとしても、被告らの提出する資料によっては、本件考案の技術的範囲の解釈になんらの影響を及ぼすものではない。

ちなみに、「不燃性のマット」を「ガラス繊維糸を粗目に織成して成るネット」に訂正したとの点については、前示乙第11号証の1ないし4の当初の願書に添付した明細書には、登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の欄にそれぞれ「ガラスネットの如き不燃性のマット4」との記載があり。図面第1、第2図にはマット4として網目状のものが図示されていることからして、ガラスネットの使用は同明細書に示されていること、次に、ネットとネットとの間に「空隙」を設けるとの点については、右当初の明細書の登録請求の範囲には、器体と蓋体の各開口部分に張設されたネットとネットとの間に蚊取線香を挾着することが記載され、考案の詳細な説明の欄には、「マット4の周縁は器体1及び蓋体3の屈曲部5に嵌込んで支持させたものを示した。」と記載され、図面第2図には、器体1に蓋体3を冠着したときに各マットが間隔を保って蚊取線香を挾持する状態が示されているのであって、これらの点からすると、補正後の明細書に明示されたネット間に「空隙」を保持するとの点は、出願当初の明細書にも示されており、ただ右の文言をもって明記されていなかっただけのことである、と解するのが相当である。

いずれにしても、出願人のなした補正が要旨変更であるとの被告らの主張は採用の限りでない。

3  前記争いのない本件考案の登録請求の範囲と前示甲第1号証によれば、本件考案の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。

(A)  皿形器体と蓋体とを分離可能に嵌合すること。

(B)  皿形器体の上部開放口と蓋体の下部開放口とに、それぞれ、ガラス繊維糸によって粗目に織成して成るネットが張設されていること。

(C)  皿形器体と蓋体とが嵌合状態にあるときに、両者の張設ネット間に蚊遣線香を挾持するに適する空隙が形成されていること。

(D)  以上の特徴を有する蚊遣線香燻し器であること。

そして、前示甲第1号証によると、本件考案は、請求原因22(2)ないし(5)記載の作用効果のほか、ガラス繊維糸によって粗目に織成したネットとネットとの間で線香体を挾持するようにしたので、器の顛倒などによる火災の危険性がなく安全である、との作用効果を有するものと認められる。

4  1 昭和51年3月以来、被告小谷製缶がイ号物件(但しその構成の一部について争いがある)を製造販売し、被告児玉商会がこれを販売していることは当事者間に争いがない。

イ号物件について、原告は、別紙イ号図面の説明書のうち、同説明書(1)1の「上部周縁よりやや内方側」、「下部周縁よりやや内方側」とあるのを、それぞれ「上面開放口」、「下面開放口」と訂正し、吊手に関する同6を削除するほかは、別紙イ号図面の説明書に記載のとおり記述すべきであると主張し、一方被告らは、ネットの張設部位について、「器体Aの上部周縁より少しうちら(内方)側と蓋体Bの下部周縁より少しうちら(内方)側とに」とすべきであり、器体Aと蓋体Bとを嵌合した場合に、ネット1、1間に「空隙」が形成されることはなく、別紙イ号図面の説明書(1)6の吊手に関する記述がなされるべきである、と主張する。

被告小谷製缶、同児玉商会の製造販売する物件であることについて争いのない検甲第2号証によれば、イ号物件は、別紙イ号図面の説明書に記載のとおりのものであることが認められる。すなわち、器体Aと蓋体Bを嵌合したときには、それぞれに張設されているネットとネットとの間には、その周縁部においてのみならず中央部においても、蚊遣線香体を挾持するに適する空隙が存在し、器体Aと蓋体Bとに張設されているネットの位置は、それぞれ「器体Aの上部周縁よりやや内方側」、「蓋体Bの下部周縁よりやや内方側であり、器体Aの側面に吊手6が存在する、との構成を採るものである。

2 右に認定したところに照らすと、イ号物件の構成は、次のとおり分説することができる。

(A)' 皿形器体と蓋体とを分離可能に嵌合したものであること。

(B)' 皿形器体の上部周縁よりやや内方側と蓋体の下部周縁よりやや内方側とに、それぞれ、ガラス繊維糸によって粗目に織成して成るネットが張設されていること。

(C)' 皿形器体と蓋体とが嵌状態にあるときに、両者の張設ネット間に蚊遣線香を挾持するに適する空隙が形成されていること。

(D)' 以上の特徴を有する蚊遣線香燻し器であること。

5  そこで、以下イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

イ号物件の(A)'ないし(D)'の構成を、本件考案の(A)ないし(D)の構成要件と対比してみると、(A)'、(C)'、(D)'の構成がそれぞれ本件考案の(A)、(C)、(D)の構成要件を充足することは明らかである。

そして、(B)'の構成も(B)の構成要件を充足するものと考えられる。その理由は次のとおりである。

ネットを張設する部位について、本件考案では、「皿形器体の上部開放口」、「蓋体の下部開放口」であるのに対し、イ号物件では、「皿形器体の上部周縁よりやや内方側」、「蓋体の下部周縁よりやや内方側」である点に相違がみられるのであるが、本件考案における「開放口」を、被告ら主張のように器体及び蓋体の各縁の先端に限定すべき合理的理由のないことは前判示のとおりである。

のみならず、本件考案の願書に添付の明細書において、「本考案は、蚊遣線香燻(いぶ)し器、特に、互いに分離可能の嵌合体に構成した皿形器体と蓋体との、双方の嵌合対面部、すなわち、器体の上部開放口と、蓋体の下部開放口とに、それぞれ張設した通気性挾持板の間で、蚊遣線香体を不動状態に挾持しつつ燻焼を行う式の蚊遣線香燻し器の一改良に関」するものであるとの記載(本件公報1欄23行目ないし29行目)、「3は、器体Aと蓋体Bとが嵌合状態にあるときに両者の張設ネット1と1との間に形成される空隙であって、線香体Dは、この空隙内において、ネット1、1に挾持された状態の下に燻焼される。」との記載(同2欄9行目ないし12行目)、「線香体の挾持は、弾性的な挾持となり、」との記載(同3欄4、5行目)を合せて考えると、本件考案の要点は、器体と蓋体とを嵌合したときに、器体と蓋体にそれぞれ張設されたガラス繊維糸の粗目のネット間において適当な空隙を保ち、蚊遣線香体を弾性的に挾持することにあるものと解される。

そして、このような挾持を行うためには各ネットあるいは少なくとも一方のネットが開放口縁よりやや内方側に張設されることを不可欠とし、現に本件考案の明細書の「考案の詳細な説明」及び図面にも、右のとおりの張設箇所が示されていること(前22で判示のとおり)からすれば、構成要件(B)の「皿形器体の上部開放口」、「蓋体の下部開放口」には、それぞれ「皿形器体の上部周縁よりやや内方側」、「蓋体の下部周縁よりやや内方側」を包含するものと解するのが相当である。

したがって、(B)'の構成は(B)の構成要件を充足する。

そして、イ号物件は、(A)'ないし(D)'の構成を有することによって、本件考案と同一の作用効果を有するものと認められる。

右のとおりであるから、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属する。

6  被告らは、被告小谷製缶、同児玉商会によるイ号物件の製造販売行為は、同被告らの有する実用新案権(登録第1304414号)に基づくものであるから、原告に対する権利侵害にならない、と主張するので、検討するに、成立に争いのない乙第12号証の32(実公昭54―2232実用新案公報)によると、被告ら主張の右実用新案権の出願は、その出願日が昭和50年11月13日であるから、本件実用新案権の出願(昭和47年10月6日)の後願に当る。

ところで、右乙第12号証の32より認められる、右考案の明細書の記載、とりわけ、「2枚の耐熱網体で蚊取線香を挾持する構成の燃焼器によって、水平方向及び鉛直方向のいずれの使用状態にも適応し得る燃焼器附容器を提供せんとするものである。」との記載(右考案の公報、実公昭54―2232、1欄31行目ないし34行目)、「両網体4、7の間隔は蚊取線香の厚みに一致させてあるので、線香は両網体4、7間で挾着され離脱することがなく、」との記載(同2欄17行目ないし19行目)、図面第1ないし第4図によると、右考案は、本件考案の技術思想全部をそのまま含む利用考案であることが認められる。

したがって、イ号物件が右考案の実施品であるとしても、これが本件考案の技術的範囲に属することに変わりはないから、被告らの右主張は採用できない。

7  そうすると、被告小谷製缶は業としてイ号物件を製造販売し、被告児玉商会は業としてイ号物件を販売することによって、原告の有する本件仮保護の権利及び本件実用新案権を侵害するものである。

8  そこで、原告の損害賠償請求について考える。被告児玉商会、同小谷製缶の前記各侵害行為が不法行為法上の違法行為であることはいうまでもなく、右違法行為は、過失によってなされたものと推定される(実用新案法30条、特許法103条)。

ところで、昭和51年3月以来、被告小谷製缶が被告児玉商会の注文によりイ号物件を製造し、被告児玉商会がこれを買受けて他に販売していることは当事者間に争いがなく、右事実に、前示乙第12号証の32、成立に争いのない甲第6号証、乙第12号証の31、被告児玉宗一本人の供述により真正に成立したものと認められる乙第21号証の1、及び右供述をあわせ考えると、被告児玉商会と被告小谷製缶とは昭和10年頃から取引関係があり、被告小谷製缶は製造するイ号物件をすべて被告児玉商会に納入し、被告児玉商会はイ号物件を被告小谷製缶のみから仕入れていること、イ号物件の右取引については、毎年、右両名の間で、被告小谷製缶の開示する材料代、加工費、金型償却費、金利等をもとに、被告小谷製缶の受ける利益額を協議して、両名間の取引価格を決定していること、被告児玉商会は、イ号物件の販売による原告との紛争に関して得意先に配付した昭和54年6月12日付書面に、前記6の実公昭54―2232の考案が同年5月4日付で登録査定となった旨、右考案は出願人が被告小谷製缶となっているが同被告は被告児玉商会の系列会社であり同年5月17日に出願人名義を被告児玉商会に変更する手続をした旨記載していること、右考案について昭和54年9月27日右被告両名を権利者(持分各1/2)として実用新案登録がなされたことがそれぞれ認められる。

右事実によれば、右被告両名は、イ号物件に関しては密接な関係のもとに、被告小谷製缶が製造部門を、被告児玉商会が販売部門をそれぞれ担当して、実質上は一体の関係のもとにイ号物件の製造販売をしてきたものと認められるから、共同不法行為者として、右各被告の行為により生じた原告の損害を連帯して賠償する責任がある、というべきである。

被告児玉宗一の責任の成否について検討する。

被告児玉宗一が被告児玉商会の代表取締役であることは当事者間に争いがなく、前示甲第1号証、第6号証、成立に争いのない甲第7号証の1、被告児玉宗一本人の供述、弁論の全趣旨によると、被告児玉宗一は、昭和41年以降被告児玉商会の代表取締役であり、原告が損害金請求の始期としている昭和54年4月1日当時には、原告が本件仮保護の権利を有し、その実施品として原告製品を製造し販売していることを知っていたこと、また同被告は、被告小谷製缶へのイ号物件の発注、取引価格の協議決定の衝に当り、その職務の執行として、被告児玉商会に前記イ号物件販売の侵害行為をなさしめたものであることが認められる。そして、右事実に、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するとの前説示に照らせば、被告児玉宗一は、イ号物件の販売が原告の有する本件権利の侵害になることを容易に知りえたものと推認できる。

右事実によると、被告児玉宗一は、被告児玉商会といわゆる不真正連帯の関係で、被告児玉商会の前記侵害行為によって生じた損害を賠償すべき責任を負担するものというべきである。

9  原告に生じた損害額についてみるに、原告主張の昭和54年4月1日から同年12月末日までの間に被告小谷製缶が製造し、被告児玉商会が販売した数量については、いずれも成立に争いのない乙第14号証の8ないし13、同号証の17ないし24、同号証の26ないし31、同号証の33、34、同号証の46、47、同号証の49、同号証の56、57により、26万5,482個であると認められる。

原告は、右被告らの製造販売したイ号物件が100万個であると主張し、原告代表者本人の供述中には右主張に副う部分もあるが、これを裏付ける証拠がないので採用し難く、他に右認定の数量を超えるイ号物件を製造販売したことを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、原告が本件考案の実施品を単価167円で販売しているとし、これを前提に原告に生じた損害額を主張しているが、これに副う、原告代表者本人の供述部分は、原告が右実施品を東和産業株式会社に単価110円、株式会社野際商店に単価120円ないし140で販買した事実のあること(被告児玉宗一本人の供述によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第17、18号証、右供述及び原告代表者本人の供述の一部により認められる)に照らしてにわかに採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

ところで、右被告らが前記侵害行為によって利益を得ている場合には、本件実用新案権者はこれと同額の損害を蒙っているものと推定される(実用新案法29条1項)。そして、前示乙第21号証の1、被告児玉宗一本人の供述により真正に成立したものと認められる乙第21号証の2及び右供述によると、前記期間中、被告小谷製缶がイ号物件を製造し、これを被告児玉商会に販売したことによる1個当りの利益は10円14銭であり、被告児玉商会がこれを他に販売したことによる1個当りの利益は12円34銭であることが認められているので、被告らの右利益金22円48銭に前記イ号物件の販売数量26万5,482個を乗ずると、596万8,035円(円未満4捨5入)となる。そして、弁論の全趣旨によると、他の共有者横山佳正は原告主張の期間中本件実用新案権を実施していなかったことが認められているので、右の額が同期間中の原告の蒙っな損害となる。

10  以上のとおりとすると、原告の本訴請求のうち、被告児玉商会、同小谷製缶に対し、イ号物件の製造販売又は販売の差止めを求め、被告らに対し、各自、金596万8,035円及び内金100万円に対する被告らへの訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和55年1月30日から、内金496万8,035円に対する「請求の趣旨変更の申立」を本件口頭弁論期日で陳述した日の翌日であることが記録上明らかな同年10月25日から、各完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金を求める部分は理由があり正当であるが、その余の部分は理由がなく失当というべきである。

よって、本訴請求を右正当な限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、92条、93条を、仮執行の宣言につき同法196条をそれぞれ適用し、仮執行免脱の宣言は相当でないのでこれをそれぞれ適用し、仮執行免脱の宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(金田育三 鎌田義勝 若林諒)

<以下省略>

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